Other
Campanella
・将来的に自機(オスッテ)の光ラハになる前提の小説です。
・この小説内の二人はまだ互いに恋愛感情を抱いていない、いわばノンケの状態です。
・自機及びグ・ラハが女性に触れたり、性的関係を匂わせるノンケっぽい表現があります。カップリング相手以外のモブキャラとの描写、それを示唆する表現が苦手な方はご注意ください。
・この小説内では自機の名前が「冒険者」「英雄」ではなく具体的に固有名詞化されています。
※自機の名前はアスランです。



モードゥナから少し離れた湖の畔、月の光を反射させる水面を眺めながら、グ・ラハ・ティアは程よい大きさの岩に腰掛け、自分の膝に頬杖をついてむくれていた。
遊ばせていた足で手近な石を眼前の水面に向かって蹴ってみると、石は綺麗な軌道を描い転がっていく。
「暇だ・・・」
その言葉は重力に従って石と共に転げ落ち、無機質な音を立てて水底へ沈む。
その際に生じた波紋は水面の月を乱し、それを見届けながらグ・ラハは大きく溜息を溢すのだった。



「俺は今回の調査に協力させて貰う冒険者だ。よろしくな」

クリスタルタワーの調査を進めるにあたりラムブルースより紹介を受け、気さくに微笑む青年は自らをアスランと名乗った。
グ・ラハも戦闘には多少覚えがあるため、少し観察していれば彼の戦闘技術が他の冒険者より群を抜いて秀でていることがすぐに理解でき、微かな競争心が生まれると共に、同族で尚且つ同世代であったこともあり親近感すら覚えたことは、グ・ラハにとっても記憶に新しいことだ。
自分とはまた違った冒険者という視点で世界を見ていることに対する憧れも重なり、ここ最近のグ・ラハ・ティアの興味は彼へと集約しているのは否定しようがなかった。
彼がどんな景色を見て来たのか、そして何処へ向かって行くのか・・・歴史を観測することを何より尊ぶグ・ラハにとって、この機会を逃すわけにはいかなかった。

いかなかったのだが・・・
結局、古代の民の迷宮の探索は手練の冒険者達で編成した部隊の先行隊で取り仕切られ、グ・ラハは待機を命じられる結果となった。
彼の活躍を目の前で見れることと、内部の遺物を観察することの両方の機会を逸してしまったグ・ラハは、ノアの活動報告書を書き終えたものの未だに溜飲が下がらず、こうして湖の畔で腐っていることしか出来ずにいた。

再びため息をついていると、ふと背後の離れた街道から豪快な男達の笑い声がするのが聞こえた。
声の中には聞き覚えのある控えめな話し声が混じっており、グ・ラハは瞬時にそちらの方へ視線を向ける。そこにはあのアスランが他の仲間達に囲まれ歩いていた。
周囲の冒険者達も全員古代の民の迷宮に突入する際に顔を見た覚えがあり、グ・ラハは彼らの元へと向かうことにして、勢いよく岩から飛び降りた。



「あれ、グ・ラハじゃないか。どうかしたのか?」
アスランはグ・ラハに気がつくと真っ先に声をかけてきた。
首に腕を回され、周りの冒険者達に絡まれながら歩く様子は多少暑苦しそうだが、見ていると彼が慕われていることが見て取れる。
冒険者達は初対面のグ・ラハに対して「坊主!」や「兄ちゃん」と気さくに話しかけてくるが、彼らからは微かに酒のにおいが漂っていた。
「こっちの台詞だっての。あんた達こそ何してんだよ、こんな時間に連れ立って」
「あー、いや・・・俺達は」
そう言葉を濁すアスランに対し、周りの冒険者が割って入る。
「兄ちゃんよぉ、こんな時間に行く場所なんて決まってんだろ?興味あるなら付いて来たっていいんだぜ?」
「やめとけ、調査の報告があって忙しいだろうし・・・」
意味ありげに牽制するアスランを訝しむと、冒険者達は「だからこそ、だろ」とにんまりと笑いながらグ・ラハに耳打ちする。
「……!?」
その場所にグ・ラハは一気に顔を紅潮させ、尾が逆立った。





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そこはザナラーンの外れに位置する小さな集落にひっそりと存在する娼館だった。
景観を損ねない程度に飾り立てられ、清潔感が感じられるその佇まいは、それだけで砂塗れの乾いた大地から隔絶された別格の雰囲気を漂わせていた。
「つい、売り言葉に買い言葉でついてきちまった…」
冒険者達は案内人と軽く会話をしたのち、相手を選び屋敷の奥へ入って行く。
グ・ラハは場の雰囲気に馴染めず、ただ茫然と最後列でその様子を見つめていた。
「・・・無理しなくていいぞ。別にグ・ラハがあいつらに無理に付き合う必要はない」
一歩前に立っていたアスランが振り返ってグ・ラハの顔を伺う。
「けどあんたは、入るんだろ?なら俺だって入る、正直・・・手順とかよくわかんねぇけど。別にオレだってれっきとした男だし…」
「それはまぁ、そっちがいいならいいけどさ」

そんな会話をしているうち、グ・ラハは娼婦達が屋敷奥のカーテンからこちらを覗いていることに気付く。
彼女達は横に立つアスランを見つけると、足早に彼の元へとやってきた。
色めき立った声を聞いていると、彼がこの場でも多少名が知れてることが伺える。
「久しぶりじゃないか、みんな元気そうで良かった」
そういう彼に対し娼婦達は変わる変わる彼の前へ立っては頬や腕に触れ、甘えるように声を掛けている。
アスランは艶やかな娼婦達に囲まれても動じることなく、柔らかな声音で一人ひとりに視線を向ける。
そんな彼を見て、戦闘や探検だけでなく異性への態度にすら踏んできた場数の差があることを感じて、グ・ラハは圧倒された。
「あぁ、いや・・・今日は別件なんだ。それよりも、彼を案内してやってくれないか?」
一通り会話を終えた後、アスランはそう言ってグ・ラハのほうへ彼女たちの視線を誘導した。
妖艶な瞳に注目されグ・ラハはつい萎縮して、ほんの少しだけ俯く。そんな様子を見かねてか、間髪を入れずにアスランは彼女達に声をかけた。
「こういう所は初めてみたいだから、優しくしてやってくれ」
…それは先程より柔らかく、まるで恋人に囁くような声音だった。娼婦達は冒険者の言うことに素直に返事をし、身体を揺らしている。
そんな彼女達に「よろしく」と告げながら、アスランはグ・ラハの近くまで歩み寄る。
肩に手を置いて、グ・ラハの耳に緩慢に耳を寄せ「気楽に楽しめ、何事も経験だぞ」と囁いた。
すぐ側で感じる彼の息遣いと声音に耳がくすぐられる。
俯けていた視線を上げて彼の表情を伺ってみると、彼の表情は憎らしいほどにいつもと変わっていなかった。
ふと彼と目が合ったその瞬間、彼からは涼やかで微かに甘い香りがして、その直後どういうわけか背中が逆撫でられるような不可思議な感覚を覚えた。
しかし、その理由を考える間も与えられぬうちに、アスランは身体を離してグ・ラハの背を押し、そのまま娼婦に館の奥へと連れられていくのだった。


爛々と輝く赤い蝋燭と金の燭台、天鵞絨のようにしっとりした手触りのカーテンがその光に照らされて妖しく壁に影を落としている。
「こんばんわ、お兄さん」
グ・ラハの手を引いて部屋へと誘ったのは、細身で色白なヒューラン族の女性だった。
しなやかなで丸みのある肢体に、漆黒の二文字をそのまま体現したかのような艶やかな髪をしていて、扇情的な衣服からは柔肌がのぞいていた。
着飾った彼女に対し、湯あみをして普段の服と異なる軽装に着替えてベッドに腰掛けているグ・ラハは、その見た目の差に己の置かれている立場を俯瞰し、身も蓋もない状況が滑稽に感じて気まずさが募る。
しかし状況だけは徐々に進んで行き、微笑みながら彼女もグ・ラハの隣に腰掛け、木製のカップに酒を注ぎ始めた。
「お兄さん、最近近くで行われている遺跡調査の調査員さんなんですって?そんな方のお相手をさせて頂けるなんて…光栄です」
「別に、オレくらいのやつは幾らでもいるし…たぶん」
「まぁ、謙虚なんですね」
彼女はそう言いながらグ・ラハに寄り添った。
いかにもな内装や相手の雰囲気に気持ちが落ち着かず、グ・ラハは注がれた酒を勢いよく煽りながら胸の内の緊張を必死に和らげつつ、彼女の会話に応えてゆく。
「ふふっ、耳が忙しそうに動いてますよ?緊張してますか?」
「…っ、そんなことは」
虚勢は瞬時に見抜かれてしまい、グ・ラハは羞恥に耳を下げた。
どうにもこのあからさまな情事に運ばせる空気に居心地が悪くなり、グ・ラハは「あのさ」と娼婦へ話題を持ち掛ける。
「あの、さっき皆冒険者の一人とやたら親しげにしてたけど…あの人ってよくここに来るのか?」
えっ?と聞き返し、グ・ラハの指す人物を想起した娼婦は、そのままクスクスと笑いながら肯定した。
「本当に時々ですけどね。冒険者って結構荒っぽい方も多いんですけど…あの人は優しくて、お話も楽しいし、相当な武勲を上げているって聞きますから…この辺りでも結構有名なんですよ。普段会いに来る時は、もうすこし身分が上の方をお相手するお姉様がお相手するか、オーナーとお話していることが多いけど…今日はどうかしら」
「へぇ、そうなんだ」
高級娼婦を所望するとは随分と羽振りがいい、案外自信家なのか…。
グ・ラハは高級娼婦を買っているという情報から、そんなことを思い浮かべた。

「お兄さん、彼のことがお好きなの?私(わたくし)のことより、彼のほうが気になっているみたい」
「え、そんなことねぇって…いまのはただの、興味だよ。腕の立つ冒険者ってのはオレも、知ってるし」
「そうですか?じゃぁそろそろ、私とも遊んでくださるかしら?」
彼女は更に距離を詰め、グ・ラハの首元に顔を寄せる。彼女の纏う芳醇で妖艶なフレグランスが一気に周囲へ広がった。
ぐらりと視界が揺れたような錯覚を覚えてグ・ラハは後ろに倒れ込む、そのまま優しく彼女に押し倒される形で仰向けに横たわった。

「大丈夫です、そんなに緊張しないで。どうぞ今日は私で楽しんでいかれてください」
そんな彼女の言葉に、グ・ラハは彼女の瞳を見つめた。その大きな瞳には真っすぐに正面を見つめる自分自身が映っている。
グ・ラハ自身と彼女の体重によって上品にベッドが軋む。
シャツ越しに胸板を撫でられ反射的に手を取って制止しようとするが、彼女の奉仕に対して水を差すことになる気がして、グ・ラハはその手を中空で握りしめた。

――世の中に聖人君子などはそうそういない。グ・ラハ自身も当然性欲は存在し、経験が無いわけでもない。
冒険者たちにとって、こういった場所で享楽にふけることは一種のステータスとも認識されていることは漠然と理解しているつもりだし、彼女たちもあらゆる理由で金銭を稼ぐためにやっていることである。
様々な事情や世情が絡んでこう言った文化となっている故に、それらを「不純だ」とか、「俗っぽい」と片付けるつもりはグ・ラハにはなかった。
ただ、今の彼の中にある気持ちは何故か、遂に自分もこういった場所を経験するタイミングが来てしまったのか、という冷静な”感想”だった。
心臓は騒がしく高鳴っているが、妙に頭の芯が冷えているような、不思議な感覚だった。

胸板を撫でるその細い手のひらは次第にグ・ラハの下半身へと下がっていく。
手を先駆けに、鼻先で鎖骨から鳩尾、そして臍を伝い身体をゆっくりと下へ進めて行き、遂に彼女はその場所へとたどり着く。
「……あら?」
しかし、彼女はそんな呟きを零して沈黙した。
突如として場に不似合いな彼女の声に、グ・ラハは瞑っていた目をうっすらと開いて、上体を起こした。
驚いたような、不安そうな娼婦の表情はグ・ラハの目ではなくその体のずっと下へと向けられている。
「…?、!?、えっ」

グ・ラハはそこで違和感の正体に気付く。

あろうことか、蠱惑的で妖艶な相手とこんなにも密着していて、心臓が高鳴っているというのに…その興奮の象徴ともいうべき部分が全く反応していないのである。
「なん、で…」
グ・ラハは血の気が一気に引いていき、成す術無く自分の下半身を見つめていた。
Campanella
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