Other
Snow White
雪と曇天、一面白に囲まれたガレマルドの昼下りーー。
キャンプ・ブロークングラスから少し外れた岩肌のそばに、探していた英雄の後ろ姿はあった。
彼はまだ俺には気づいていないようだ。
しんしんと雪が降る中で、岩に積もる雪をそっと撫で掬い、そのままさらりと手のひらを滑り落ちてゆくさまを俯きがちに見つめている。
その横顔は緋色の髪に覆われて伺うことはできない。
俺はつい、彼の名を呼んだ。
いや、呼ばずにはいられなかった。
ーーそれは、その景色に佇む彼が俺にとって異様なまでに孤独に映ったからに他ならない。
本来は正反対な印象のひとのはずなのに・・・その瞬間に、まるで今にも消えてしまいそうな儚さを感じて胸がざわついたのだ。
彼は俺の声を聞くや否や振り向き、微笑んで手を振ってくれた。だがそんな彼の指先は霜焼けで赤くなっているように見える。
手の痛々しさと表情がどうにも不釣り合いなせいだろうか・・・どれだけ微笑んでいても、今の彼から物悲しそうな雰囲気は取り除かれない。
極め付けに、英雄は俺の前へ歩み寄った際に、うまい具合に手を背に隠して立ったのだ。
「どうしてこんなところに・・・というか、何してるんだ?」
俺がそう訊くと、英雄は「少しな」と言葉を濁して視線を逸らしてしまう。
そんなことで誤魔化されるつもりはない。
俺はそこで、彼の素手が真っ赤になっていることを指摘した。
後ろに隠された手を引き寄せより近くで観察すると、その手はますます痛ましく映った。俺自身が手袋をしていたため体温は分からないが、冷え切っているのは明白だ。
加えてその手はただ赤いだけではなく、あかぎれて血で滲んでしまっていた。
俺はとりあえず、簡単な治癒術で傷口だけを塞ぐと、問い詰めるように彼をじっと見つめた。
この人が、なんの理由もなくこんな状態になるとは思えなかったのだ。
「悪い。なんか、心配させたみたいだな・・・」
「そう思うなら、わけを聞かせてくれるか?」
渋々頷いた英雄は、手を引くとおもむろに空を見上げた。
「帝国軍と戦っていた時を思い出していたんだ」
英雄はそう始めたのちに、ぽつりぽつりと自身の言葉を紡ぎ始めた。
ーーあの時、俺はただひたすらエオルゼアを守って皆の役に立てるよう動いていた。そうすることで俺自身が冒険をする上でプラスになると信じていたから。
こうして、彼らが生まれ育った地に立って触れる雪の冷たさは・・・あの時兵士たちから向けられた感情に対して、俺が抱いた印象によく似ているんだ。
けど、ここで生活する人々は環境が過酷なぶん助け合っていて、思いやりに溢れていたと
この前ユルスもそう言っていた。
・・・それは、当時の俺が敢えて目を逸らしていたものでもあるから、正直耳が痛かった。
今は、かつて敵対していた彼らとも言葉を交わしている。不思議な巡り合わせだと改めて思うよ。
だからそんな今だからこそ、もう一度肌で感じたくなったんだ。
あの時俺がもっとこの身に受けるはずだった、色んな人の思いを・・・その鋭さを。
「・・・取るに足らない、ただの感傷的な理由だよ」
一通り話し終えた英雄は、白い息を吐きながらそう締め括った。
俺は黙ってその話を聞いた。
彼はこの凍てつく大地の雪の冷たさに、かつて己が戦った兵士たちの感情を重ねていた。
その痛みを肌で感じることで、彼らのことを、自らの罪を忘れまいとしている。
これは・・・帝国軍を倒し、誰より武勲を挙げた彼なりの追悼なのだろうか。
負う必要のない痛みを敢えて英雄自身が受け続けることなど無くて良いはずなのに、そうしたところで何も変わらないのは分かっていても、きっと己の覚悟のためにはせざるを得ないのだ。
当時の戦いに赴いていない俺が彼に対してかけてやれる言葉は見つからず、たた歯痒さで拳を握り締めた。
せめて、俺にもできることがあればーー。
ふと、あることを思いついた俺は自分の手袋を外し、それを乱暴にポケットへしまった。
不思議そうに首を傾げる英雄を無視し、素手になった状態で彼の手を強く握り直した。
冷たい。その手はとても、とても冷えていて・・・まるで氷のようだった。
彼は拍子抜けしつつも、俺がするままにさせてくれている。
「・・・こうしていれば少しは、マシになるだろ」
俺ほとんど消え入りそうな声でしか、俺はそのことばを紡げなかった。
ガレマルドの人たちとだって、こうして手を取り続けていれば・・・いつかは同じように笑い合える日が来ると信じながら
ただ、祈るようにその手を握り続ける。
少しでも温まるように、そして彼らの過去の無念を、憎しみを背負い続ける彼の痛みと孤独が、少しでも和らぐように・・・。
そしてこのまま俺にも、一緒に背負わせてくれたらーー。
「ありがとな、ラハ」
暫く俺のするままになっていた英雄は、ふとそう一言呟いた。
顔を見上げると、微笑みを浮かべて、俺をまっすぐに見つめていた。
「あったかい。お前のおかげだ・・・」
ゆっくりと間を開けて、彼はそう俺に告げた。
その表情を見た瞬間俺は肩が強張り、尾も意図せず上向きに跳ねる。
とても簡潔な言葉だ。けれど俺は、なんだか俺自身の気持ちを汲み取ってもらえたような錯覚を覚えてしまった。
その微笑みには、先ほど声をかけた時に見せた物悲しさは無く、とても優しくあたたかいものだったから・・・
彼の背負う重さや痛みを、少しは溶かすことが出来たかも知れないと感じた。そうであれば良いと、思った。
そうして、彼に釣られた俺も、つい笑みが溢れてしまうのだった。
いつの間にか降っていた雪は止み、
雲間から光の梯が白銀の大地を煌びやかに照らしている。
握る手のひらには脈打つ鼓動が響き
徐々に彼の手は、俺の体温に近づいているような気がする。
それを感じながら、俺達は互いに引き寄せられるように、唇を重ねた。
Snow White
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