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【第一世界 クリスタリウム 夜】
この世界に夜が戻って暫くの月日が流れた。
世界は再生への道を歩みながら、人々は一晩一晩を過ごしている。
そんな希望を象徴するこのクリスタリウムの秩序と平和の維持は、変わらず今の私の大切な責務だった。
あの人が残したこの素晴らしい都市を、私は守っていかねばならないから・・・
今日もその巡回をしていたのだが、少しだけその最中にふと見知った人物を見つけた。
その人は農場の近くの開けた草原に仰向けに寝転がっている。
私は・・・「彼」のもとへと向かってみることにした。
「ライナじゃないか、巡回お疲れ様」
こちらの存在に気づいた彼は、親しみのある声音と無邪気な微笑みを向けた。
私は職務中であることも踏まえ、最低限の挨拶を行った後、少しだけ彼の顔を覗き込んだ。
「たとえ英雄殿であろうとも、不可解な行為は職務質問の対象ですよ・・・こんなところで横になってどうされたのです?」
「ただ星を見ていただけさ、この世界の星は俺がいた場所とはまた違った見え方で綺麗だから・・・それにこっちの世界の近況も気になったし」
そうして英雄は目を伏せてゆっくりと深呼吸をした。
「土の匂い・・・それに作物・・・この前来た時からまた育ったみたいだな」
「はい、気にかけて頂いてありがとうございます・・・」
自然の息吹を感じているのか、英雄はそのまま沈黙した。
私もそれに倣って静寂を受け入れ、空を見上げた。
「我々は前へ進んでいます。ゆっくりとですが着実に。なのでどうか・・・あの方にもお伝えください、私たちは元気でいると」
「わかったよ」
相変わらず煌めき続ける星々を眺めていたが暫くして、私は思い切って彼に再び声をかけた。
「公は・・・あの方はお元気ですか」
少しの間をおいて、彼は伏せていた目を開けて私はまっすぐにその瞳を向けた。
その表情は穏やかだが、何故か少し含みを感じた。私がこの話をすることを待っていたかのようで、少しだけこそばゆくなった。
しかしそんな感覚も束の間、英雄は「ああ、勿論」と微笑む。
「俺の冒険について来たり、料理を腹いっぱいに頬張ったり…とにかくあいつはいろんなことをしてて、楽しそうにしてるよ」
「!、そうですか・・・」
その話を耳にして私は安堵した。胸の内に何か温かいものが流れてくるような感覚がした。微笑ましく語る英雄の態度からも、彼らが充実した生活をしていることがわかったから・・・。
「あの人が元気でいてくれているのであれば何よりです」
過去のあらゆる記憶がふと蘇りかけ、目頭が微かに熱くなるのを感じ、顔を上げて星を見つめた。
私は・・・英雄が取り戻してくれたこの空を眺めるたびに祈っていた。
あの人が楽しく生活できていることを。たとえもう会えなくても、それを願いながら私たちも頑張っていこう、と
なので英雄の口から語られる彼の話は、まさにこの星々と同じく、私にとってひとときの安寧だ。
「そうだ」
ふと、英雄は勢いをつけて起き上がり、私に向かって振り向いた。
「なぁライナ、せっかく星空が綺麗なんだ。少し趣向を変えた願い事をしてみないか?」
「はぁ、願い事・・・ですか?」
彼はそのまま頷いて、にかっと歯を見せる。
「俺もこれは人から聞いた話なんだけどさ…でも、街の人達ともみんなで楽しめると思うんだ」
その笑顔はいつもの英雄然とした佇まいより少しだけ幼く映り、とっておきの遊びを共有する少年のように思えた。
そんな彼にあてられてしまったのだろうか、職務中であったはずなのだが、私もつい緩んだ微笑みを返してしまった。
「分かりました、どうすれば良いか教えて頂けますか?」
【原初世界 モードゥナ】
ドアがゆっくりと開け放たれ、軽快な足音と共に英雄が帰還した。
タタルに石の家の武器の整備を頼まれ、全てをピカピカに磨き終わったところだったオレは、椅子に座ったまま彼の方へ上半身を向けた。
「おかえり、何処に行ってたんだ?」
「ちょっとな…今日は星を見に行ってただけ」
「え、星…?今はまだ夕方だけど」
真意を聞く前に、彼はそそくさとオレの横の通路を進む。通りすがりに肩を柔らかに叩かれた。
「お前、幸せ者だぞ」
首を傾げるオレをよそに穏やかに微笑む彼は、そのまま奥の扉へ向かう。
「・・・帰ってきたと思ったら、突然どうしたんだ?」
疑問符が頭の上に幾つも湧いているオレをよそに、英雄はそのまま手をひらひらと振りながら扉を閉めて行ってしまった。
【後日 クリスタリウム】
日が沈み、夜もこれからという頃合いに、私はクリスタリウムの広場に、しなやかな枝を茂らせた細い木を運び込んだ。
案の定、物珍しさに子供達が駆け寄り、不思議そうに私に声をかけて来た。
「ねぇねぇ、ライナおねえちゃん!それなぁに?」
「これは、あの方…闇の戦士様に教えて頂いた願掛け方法です。紙に願い事を書いて、この枝垂れた木の枝に吊るすんですよ」
私は、「街の者達の交友も兼ねて催してみてはどうか」という英雄の言葉に則り、先日教わった異国の願掛けの行事を真似して用意を進めていた。
子供達は闇の戦士という単語に反応を示し、各々にはしゃぎ始めた。
「闇の戦士様から教えてもらったの?いいなぁ!お願いごと私も書きたい!」
「俺も!」
「勿論です、準備が整ったら、街の皆でこの木に願い事を書きましょう」
彼の話に聞いた見た目に近い木を探し、それを紐で固定して立て掛ける。
子供達は見慣れぬものに目を輝かせていて、そんな私達の元にはいつのまにか他の者達も興味を惹かれてやってきていた。
「闇の戦士様の発案だって?今度はどんな面白いことを持ち込んできたんだ?」
「何だ?その木は、手伝うことはあるかい?」
いつのまにか、周りにはそれなりの人だかりができてしまっていた。
皆の協力もあり、そこからの作業は順調に進み、数刻後には木に願い事が吊るされ始めた。
「ねぇガイア、なんてお願いごとを書いたの?」
「言わないわよ。言ったら効果減りそうだし、もう吊るしたもの」
「えっ!そうなの?ずるい!」
「どこかに空いてる枝はある?」
「俺は一番高い所に吊るすぞ、梯子貸してくれ!」
「みんな!闇の戦士様直伝のコーヒークッキーを焼いたから、よかったら持っていきな」
夜のクリスタリウムの広場に各々の会話が飛び交い、最近にない賑わいを見せていた。
警備も兼ねて輪の端で広場の光景を見つめていた私の元へ、可愛らしいクッキーの袋を持ちながら少女が歩み寄ってきた。
「ねぇ、ライナおねえちゃんは何てお願いごとを書いたの?」
「私ですか?」
その問いを投げかけられると予想をしていなかった私は、無邪気な少女の視線に少しだけ面食らった。
私は少しだけ思案したが、少女の前にしゃがんで視線を合わせながら少し、ほんの少しだけ悪戯めいた笑みを作りながら
「・・・内緒です」
とだけ答えた。
先程のミンフィリアだった少女、リーン達の会話が聞こえて来たせいだろうか
このことは己のうちに秘めておくのが良い気がしたのだ。
【おじいちゃんが幸せでありますように】
私はもう一度胸に手を当て、目を瞑る。
この小さな祈りが、時空を越えてあの人に届くようにと願いながら。
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