Other
Cendrillon

遠い昔、まだ自分の齢(よわい)を数えるのに両の手で足りていた内の頃
同じ絵本を何度も何度も読んでいた友人の少女がいたーー。
表題は何だっただろうか、その物語の中には町娘と王子、そして「硝子で出来た靴」が登場し、それは読者の少女を一際夢中にさせていたことを覚えている。
そのお伽噺には所謂、教訓というものが付随していた

確か・・・ああ、そうだ
無理に取り繕ってばかりでは、いずれ綻びが生まれてしまい、真実は必ず表面に現れてくるものだーー
そんな内容だっただろうか。
まさに今の自分には合っているのかもしれない。

ふと、そう思った。


ペンダント居住区の一室。
あの人へ提供した場所であり、現在は自分も含め二人だけの空間である。

ベッドに座り、負傷しかけたい足を引っ張られ身動きが取れない状態の自分は、なすすべなくその光景を見つめている。

あろうことか、かの有名な英雄殿は、水晶に侵食されたこの足へ
・・・何度も唇を寄せては舌を這わせているのだ。

燻んだ灰色の混ざる膿んだ水晶の上を艶かしく滑る赤い舌・・・
それを見ていると、足先が焼けるように熱い。
その光景は自らに筆舌し難い緊張と、動揺をもたらした。

なぜ、どうして
必死に声を絞り出し訪ねても答えは返ってこない。
その口はただひび割れた足を這い、啄むようにキスを降らせるだけだった。
その触れ方があまりに優しく、腫れ物を扱う様にするせいで、酩酊状態にも似た錯覚を引き起こし、戯れを拒絶する余力すら封じられてしまう。

感覚なんてもはや無いはずなのに
清められる度にピリピリと痺れている。
その感覚が足から全身へ伝播し全身を素早く駆ける度に、体が小さく跳ねる。
自らの浅ましさに羞恥が込み上げ、小さく吐息が溢れ出た。

なによりも、自分は到底及ばないと思っていた相手が、水晶に侵された足に接吻していること自体が、果てしなく倒錯的に映っている。
英雄を跪かせている構図は背徳感を助長し、ひどく淫靡に感じてしまう。

ふと気付くと、伏せられていた双眼はいつの間にかじっとこちらを見つめていた
下から見上げるような角度故か、その瞳はいつも以上に鋭く映る。
その瞬間、全身が凍りついた。
思考が全て読まれているような、想いが全て見透かされているような、鋭く熱の篭った瞳。
その視線に全身が絡め取られ、凍り付いていた筈の胸の紅玉が痛みすら感じるほどに激しく疼き
ーー張り裂けんばかりに高鳴り、自分でも驚くほどに甘い声が室内に響いた。
水晶はその音を共鳴させ、焦りと羞恥は渦を巻いて脳を駆け巡り、さらに判断力を鈍らせた。

なんとか両手を口元へ押し当てるが、途端にぐらりと視界が揺れ、慌てて片方の手だけを寝台へ置いて我が身を支える。

そんな中でも彼は意に介さずその行為を続けている
だが、思考は既に
「やめないで欲しい」というものに傾倒していることに自らも気づいてしまった。
そんな邪念を否定したくても、そんな余裕すらもはや無いのである。
今は彼が自分だけに目を庇ってくれているという愉悦と、この甘く倒錯的な行為が与えてくれる刺激を前に、シーツを強く握ることだけが自分にできる唯一のことだった。


Cendrillon

Cendrillon
BACK← →NEXT(coming soon...)